大判例

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広島高等裁判所岡山支部 昭和31年(う)13号 判決

論旨はいずれも原審が証拠の取捨を誤り事実を誤認したことを理由とし、その要旨は被告人は原判示の如く神崎長治郎に暴行を加えたことも、傷害を負わせたこともないというに帰着するから、一括して次のとおり判断する。

原判決は被告人は原判示の日時場所において、原判示の如きいきさつにもとずいて手拳を以つて神崎長治郎の顔面を殴打し、同人に対し治療二週間の下顎外面正中線右側下部縦裂傷を負わせたものだといい、この事実を認定するについて、一、被告人の原審公廷における供述の一部、一、被告人の警察官調書(第一、二、三回)及び検察官調書、一、神崎長治郎の警察官調書及び検察官事務取扱の調書並に同人の証人尋問調書、原審公廷における証人としての供述、一、原審検証調書、一、証人中西剛、三島通、古川春、神崎義夫、高木豊、柏野猛夫、安原吉十郎、吉実尚平、高木辰治、柏野鉄也、池上岩吉の各証人尋問調書、一、神崎義夫作成の診断書、一、鑑定人遠藤中節の尋問調書及び鑑定書を証拠としておることは原判決書に明かである。

そこでこれらの証拠について検討すると、証人柏野猛夫、安原吉十郎、吉実尚平、高木辰治、柏野鉄也、池上岩吉、小原寿男等は、いずれも被告人が本件の犯行を行つたという現場に居合せたものたちであるというのに、被告人の犯行を目撃したものなく、後になつて主として神崎長治郎から判示被害の状況をきいたというものがあるにすぎない。又証人高木豊は医師としてその直後被害者を往診したというのであるが、被害者神崎長治郎の外観については何等の異状を認めなかつた旨の供述をしておる。被告人及び神崎長治郎の警察、検察の各調書によると、ほぼ判示事実に符合する供述記載があり、更に証人神崎義夫の供述及び同人作成の診断書の記載も亦これに同じく、証人古川春、中西剛、三島通は司法警察員として本件の取調べに当つたもので右各証拠を裏付けする供述をしておることが認められるから、一応は被告人を有罪と認定するに足る証拠があるということができる。しかし、これらの各供述及び診断書についてつぶさに吟味すると

一、証人神崎義夫の供述及び同人作成の診断書について

(イ) 同人作成の診断書には原判示の傷害を掲げ、治療日数二週間を要する旨の記載があり、又同人の証人として供述するところは裂傷か擦過傷か判然しないが、その他はこれに符合するものがある。しかしこれは被告人が警察員及検察官の面前において自供したとする暴行の程度、更に又被害者が受けた終始訴えておる暴行の程度に比して経験則上著しく高度なものであると認められるのみでなく鑑定人遠藤中節の鑑定の結果に徴すると、同診断書に裂傷とあるは多少誇張に過ぎる疑いがあり、又治療日数二週間ということについても稍々長きにすぎるとの疑いをとどめた記載があること

(ロ) 前記診断書は総社警察署員自らが神崎歯科医師の許に赴いて依頼し作成せしめ、同警察署長宛に提出せしめたものであること(記録一一三丁及一二一丁参照)

(ハ) 歯科医は所定の期間(五年間)カルテを保存せねばならぬ法律上の義務があるのに、同神崎義夫は昭和二十六年七月二十九日神崎長治郎を診察したと診断書に記載しておるのに、昭和三十年十一月七日の公判期日頃までには何故か同人関係のカルテを紛失したということ

などから考えると、証人神崎義夫の供述及び同人作成の診断書の信憑力は頗る薄弱であつて、全幅の信頼は措きかねる。

二、被告人の自供について

被告人の昭和二十六年八月三日付供述調書(記録四一二丁裏)には、特に夜遅くなつても構わないからとて引き続いて取調べ方を求めたという旨の記載がある。これは凡らく前例のないことである。この時取調べに当つた巡査部長中西剛の証人として供述するところによると、弁護人の「最後に署名押印した時刻は」との間に対し「強いていえば午後十時か十時半頃であつたと思う」更に「翌朝午前二時頃に終えたのではないか」との間に対し「そんなことはないと思う、が調べの途中蚊取線香の話など聞かせて貰つたり、雑談があつたので大部遅くなつたことは確かです、然し清水さんが遅くなつてもよいから調べてくれと申したので調べを続けたのです」との記載がある。これによるとはたして何時頃取調べを終えたものか明かでないにしても、相当深夜に及んだことだけは窺い知ることができる。

しかるに当夜の供述調書を見ると深夜に及ばなければならぬと思われる程複雑な点も認められず、又それ程時間を要したものとも認め難いのに、何故深夜まで取調べを継続したのか、更に又何故被告人が深夜に及んでも尚且取調べの継続方を希求したのか、その間の事情を詳かにすることはできないが、自白を得るため以外にその理由を発見し難い。

これらの事実の外更に

(イ) 本件の如き事案単純なる傷害事件のため、警察署員が特別の事情もないのに自ら被害者のために、前例の乏しい歯科医の診断書を取寄せたり、或は又会社の監査役であり、又居村農業協同組合長の地位にあつて、地方では有力者に数えられるであろう被害者のために始末書を代筆してやつたりなどした事実(証人中川巡査部長の供述参照)

(ロ) 被告人及び神崎長治郎が供述する本件犯行当時における両人の位置、姿勢、被告人の暴行の状況を基礎とし、原判示傷害成生の可能性に関する遠藤鑑定人の鑑定の結果、即ち被害者の顔面の向いていた方向の如何によつて、(これは明かでない)原判示の傷害の成生が可能な場合もあれば、不可能である場合もあるということ、又原判示の傷は瀬戸火鉢、机、椅子などの鈍端や鈍縁などに突き当つても発生し得るとあること、

(ハ) 原審及び当審で取調べた証人小原寿男の、証人が見たとき神崎長治郎は前の机に寄りかかつて、腰を少しかがめて机に寄りかかる様な恰好をしていた、との供述

(ニ) 既に説示した如く現場に居合せた多くの関係人の中に、一人も被告人の暴行の事実を現認したと供述するもののない事実

(ホ) 前段一において説示した諸般の事実

を綜合すると、被害者神崎長治郎の傷害の程度はもとより、その発生の原因についても疑義あり、その上被告人の警察員に対する自供は特に信用すべき情況の下になされたものとは認め難く従つて又これと同旨に出たる検察官に対する供述は同人の公判における供述よりもより信用すべき特別の情況があるものとは認め難いからいずれも証拠価値はないものと認められる。

三、神崎長治郎に対する警察官調書、原審及び当審における供述について

前第一、二項において説示したところから見ると、同人の傷害の発生原因及び傷害の程度に関する供述はとうてい信を措き難く、証憑の価値はないものと断ずることができる。かく原審で取調べた証拠を吟味すると、神崎長治郎が何かの原因によつて或る程度の傷害を受けたであろうことを推測させるに足るもののあることは否定し得ないとしても、同人が原判示の如き傷害を蒙つたこと、その傷害はもとより、同人の如何なる程度の傷害についても、それが被告人の暴行に基因するものであるとの因果の関係は、これを認めるに足る証拠は存在しないということができる。

従つて被告人に対しては犯罪の証明のないものとして無罪の言渡をなすべきであつたのに、ことここにいでずして有罪の判決を言渡した原判決は証拠の価値判断並にその取捨を誤つた結果事実を誤認したものであつて、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明かであつて、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れないから爾余の論旨に対する判断を加えない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則つて原判決を破棄し、同法第四百条但書の規定に従つて更に判決する。

本件公訴の事実は「被告人は総社市総社所在の岡山県製薬株式会社の社長であるが、昭和二十六年七月二十九日右会社において開催された第十二回定時株主総会の席上、総社市新本八五五番地神崎長治郎が監査役としてなしたる答弁は無責任なりとして憤懣の情を抱きいたる際、右会議終了後である同日午後六時過頃右神崎が帰宅せんとするや、之を右会社事務室内に誘い入れた上右総会の議事に関し論争、憤激の末矢庭に手拳を以て同人の顔面を殴打し、因つて同人に対し治療二週間を要する下顎外面正中線右側下部縦裂傷等を負わせたものである」というのであつて、被告人が憤激の末矢庭に手拳を以て同神崎長治郎の顔面を殴打し、因つて同人に対し治療二週間を要する前記傷害を負わせたとの点を除いては、被告人の当公廷におけるその旨の供述、同人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、神崎長治郎の原審及び当審における供述によつてこれを認めることができる。又右神崎長治郎が何等かの傷害を受けただろうということは、同人の警察員及び検察官に対する各供述調書並に同人の原審及び当審における供述によつて之を推測することはできるが、しかし、神崎長治郎が前記の如き傷害を受けたということ及びその傷害はもとより、同人が他に何等かの傷害を受けたとしても、それが被告人の暴行の結果に基因するものであるとの因果の関係は、前段説示のとおりこれを認めるに足る証拠が十分でないから、犯罪の証明のないものとして刑事訴訟法第三百三十六条の規定に従つて無罪の言渡をなすべきものとする。

(裁判長判事 有地平三 判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人)

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